炭火をやり出し、色々メニューを考えていると、ある時大きな壁にぶつかりました。

特に、鮎と秋刀魚。
我々日本人にとって、この2つの食材は、塩焼きの美味しさがDNAレベルで染み付いているんではないか?と感じたタイミングがありました。
ある年の数年前の6月に鮎の炭火焼きをやろうと思い、色々試食を繰り返していました。鮎と言えば、蓼酢で食べる。これを青い香りのハーブ、バジルや、エストラゴン、イタリアンパセリ。
ソースにこだわれば、こだわる程、鮎の塩焼きの、シンプルな良さが消えて行く。
美味しいのだけど、炭火の塩焼きの意味はあるのか?
ソース(自分)が前に出てしまっていないか?いや、前に出てる。
そう感じた時に炭火を前にした時には、あまり自分は前に出てはいけないんだと感じました。

炭火で焼いた、シンプルな良さを前に出すには、あまりいじってはいけない、炭火で焼く事自体がご馳走であって、これこそが、自分がガキの頃に感じ、表現しようと思った、焼いただけ、茹でただけど美味しいよねって、シンプルな料理って事に改めて気が付かされました。

流石に、焼いただけの鮎だけだと、寂しかったので、ルコラや、クレソンの青い香りのサラダを添える事にしました。

秋刀魚も然り、少しだけ仕事はしていますが、あのシンプルな秋刀魚と炭火焼き(しかも小骨がない)
を味わってもらえる仕立てになっています。
このシンプルな素材を活かす。
この考えは、僕が専門学校を卒業し、一番最初に働き始めたお店
で教わった事でした。
言葉では教わった事が無いようには思っていましたが、気がついてみたら、僕の料理感のベースになっていました。